2022年8月22日月曜日

社会参加の序?感じ・意見を持ち、表現すること

猛暑で、もうしょーがないと思っている皆さま、アロハ。
夏バテはされていませんでしょうか。
水分、栄養にも気をつけてお過ごしいただきたいと思います。

さて、7月に、「投票」「ニュースのチェック」について取り上げました。
でも、投票といっても、まず自分の意見を持つことも意外と大変なのではと思います。

そこで、今回は、社会参加の前段階、または社会参加の序?とでも言える、意見・考え・感じを持つ部分について、ちょっと取り上げます。

「感じる、意見を持つ、表現する」…よく自分の意見を持ちましょう、意見を言ってほしいと学校や社会で言われます。
が、自分の意見を思い切って言ってみたら、他の人と感じが違うと変に思われたり、笑われたりしたことがありませんか。
そうすると自分の 意見を言うことを避けたくなるでしょう。
それが続けば、自分が何を感じていたのかも分からなくなるかもしれません。
小さい頃は、よく話していたのに、だんだんと意見も言いにくくなる人もいるかもしれません。
これは、とても残念なことですね。

もちろん、何でも表現がOKではありません。
ハラスメント、いじめ、悪口、名誉毀損、侮辱になるような、他人の権利を侵害する表現は許されないのですが。
そう言えば、SNSでの中傷が問題になり、先月7月7日から侮辱罪の刑が重くなりましたね。
1年以下の懲役にもなります。
教唆(きょうさ:他人をそそのかす)、幇助(ほうじょ:手助けする)も罰せられるようになりました。
でも、それ以外は表現していい権利なのです。

思想・良心の自由、表現の自由と言われる視点でも、自分の感じ、考え、意見を持つことは、その人しか感じていない何者にも代えがたい独自の個性です。
他の人と感じ方が違っていい、あなたはあなたの感じ、考えのままでいいのです。
そして、自分の意見を表現するか、しないかを選ぶことも自由です。
これは、全ての人が持っている権利です。

でも、時々、「仕事もしていないのに、子どもなのに意見や口答えを言うな」と非難されることはないでしょうか。
この考え方は、児童虐待、高齢者虐待、障害者虐待にもつながる気がします。

この思想の自由、表現の自由は、ひきこもっている人、仕事をしていない人、ハンディキャップのある人、病気の人、障害のある人、子ども、高齢者の人を含めて、区別なく認められます。
仕事や社会参加をしていないから、意見を持ってはいけないとは誰も言えないのです。
何もなくても、意見は持っていい、表現していいのです。
誰でも、申し訳ないと罪悪感を感じることなく、自分の意見・考え・感じを持って、表現していいのです。
人は完全ではないので、間違いますが、その時は意見、考えなどを変えることも表現の自由です。

心理系では、アサーション(自己主張)の権利と言われます。関心がある人はその関係の本も読んでください。

社会参加の始めとして、感じ・考え・意見を持っていいこと、その感じなどを表現していいことを確認していただけそうでしょうか。
意見は難しいので、まずは、自分の感じ、いい感じなのか、苦手な感じなのか、から始めるのがいいように思います。
特にマイナスの感じは言いにくいですが、重要です。

感じを持ち、表現することは、社会参加の始めでもありますが、仕事や社会参加する場合も、「きつい、自分に合わない、イヤだ。」などの感じを持つこと、どこがイヤなのかなどを感じて表現することは、自分を守るために、実は大切です。
声をあげにくい人、声を上げる元気のない人、声をあげていいのかと考えて沈黙する人もいると思いますが、そういう人も声をあげていいのです。

茗荷谷クラブでは、ハラスメントになる表現や他の人を傷つける表現以外は、何を表現してもいいのです。
まずは、意見を自由に言えるところで、少し自分の気持ちを感じて、表現してみましょう。
これは、社会参加の始めでもあり、社会参加を続けるためにも、大切なことと思います。

皆さんは、どう感じましたか?よかったら、ご意見、感想もお聞かせくださいね。
アロハ!

茗荷谷クラブスタッフ

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