最近は家族会で講演を頼まれることが多く、家族の方や支援の方にお話しする機会がよくあります。
ひきこもりの方は100人100様なので、一言で「ひきこもり」と括ることはできず、お話ししている中でも「あの人はそうじゃない」「あの人はまた違う」などといろいろな方が浮かんできて、「話すのは無理じゃん!」と思っているところがあり、あいまいで、きっと聞いている方にとっては「何をいっているのかわからん」ということになっているのではないかといつも終えた後は「あ~あ」となんだか申し訳ない気持ちになります。
でも、ある時、話している中で気づいたことがありました。
結局ご家族に対して私が話したいのは“家族の適切な距離感”に集約されるのではないだろか?ということです。
そんな中、1冊の本に出合いました。
それが『タフラブ―絆を手放す生き方―信田さよこ著 dZERO株式会社 2022』です(信田先生は私の尊敬する大好きな先生です)。
タフラブ(tough love)は、日本語では「手放す愛」「見守る愛」と訳される言葉です。
特記すべきは、この言葉はアルコール依存症の家族や友人の自助グループから、まさに当事者の最も身近な人たちから生まれた言葉だということです。
『「飲むか飲まないかはあなたの問題です。」と距離を取った言い方をして飲んでいる夫を家に残し、自分はアラノンのミーティングに出ることを続ける。このような対応が積み重なった結果、酒をやめる夫があらわれた。』
そこからタフラブという言葉が誕生しました。
密着し、尽くすのではなく勇気をもって手放すことで夫たちは救われたのです。
私が、必ずお話しすることに「相手を受け入れなくていいです。受け止めるだけでいい。そしてそこからわからないことはわからないと対話を続けてください」と。
理解しましょう、絆こそ大切です、受け入れましょう、あなたしかいません、と言われてきた沢山の家族。
その方たちが、よくわからないまま受け入れようともがき、相手を真綿でくるむように関わり、そして結果的に依存させたり、相手に服従したりする苦しい関係になっているのを見てきました。
『理解すること、わかってあげることが家族や友人にはとても大切と言われるが、「よくわからないけど、なんとなく安心」な人といる方がずっと大切だ。その感覚がタフラブを支えている』
手放す愛は、自分は自分、相手は相手として境界線を引き、相手の問題を引き受けない。
ある種の切断でもあり、自分が必要とされたいと想う感情をタフに割り切る寂しさを伴う愛かもしれません。
でもそれは、『相手が生きていけるように生きていくために自分の力をより発揮できるように手を出さない、手を貸さない』ということです。
あいまいな不安を抱えながら、答えの出ない不確実性を抱えながらそれでも相手の領域を侵さずに余計なことはせずに、変わらず現状維持を大切にそばにいること、それこそが互いの尊厳を大切したかかわりなのでしょう。
“家族の適切な距離感”におそらく正解はなく、ケースバイケースだと思います。
でもタフラブは、日本型の良しとされる「耐える愛」「尽くす愛」の危険性を私たちに教えてくれます。
言うは易し、行うは難しですが、是非、「タフラブ」、お勧めです。
チーフスタッフ 井利由利