茗荷谷クラブでは、4か月に1回ほど、「サロン・ド・ミョウガ」をやっています。
茗荷谷クラブのスタッフや元スタッフ、メルクマールせたがやのスタッフや元実習生など、とにかく茗荷谷クラブに携わった方々が集まって話をします。まあ、飲み会ですね!
前回は、ハリー・スタック・サリバンの臨床について、今回は、AI時代のひきこもり支援についてでした。とーっても楽しい会です!関係者の方、ぜひ、参加してくださいね。
ということで、今回はAIだったのですが、はてさて、どうしたものか?結論は出なかったし、なんか困ったね…みたいな感じであとは飲んでいたわけですが・・・。
そこで私自身の感想ですが、私が困ってしまったのは、
AIとの関係においては、傷つかない対人関係世界が実現してしまう
→でも、でも、人間関係では、特に発達心理学的には、さまざまな葛藤を通して人は信頼関係を構築して行くことが大事とされています。葛藤を通して、人は、愛を育み、子どもや若年者を育ていくとされています。
しかし、私たちは、これから先、そのめんどくさい(?)手間を吹っ飛ばせてしまうことになるかもしれない。。。それって大丈夫なのか?!
ひきこもって、そうした傷つくことを排除した世界に行くことがむしろ推奨される時代が来るのかもしれない…いいとか悪いとかではなく、なんか困ったな…としか言えず困ってしまいました。
困ったついでの連想です。
先日、茗荷谷クラブでは年に1度のボウリング大会を行いました。
1年に1回しかボウリング場には行かないのですが、何度か投げていくうちに体が思い出してくれる感覚があります。理屈ではなく、体の感覚に敏感になっていくと、うーん、こんな感じでやればうまくいくかも、となって、でもうまく体が動いてくれなくて失敗したりを繰り返しながらやっていました。
体で感じる体験、もっと言えば私たちの五感・聴覚・視覚・触覚・味覚・嗅覚は、いつまでも覚えているし、体に染みついているし、これは、AIには、踏み込めない世界(今のところなのかもしれませんが)だと改めて思いました。
何よりも、みんなとのハイタッチ!がとても楽しかったです!
子どものころに体を使って遊んだ体験、海、山、川、湖での体験、友達とした鬼ごっこやボール遊び、虫取りや、あやとりや、家族で遊んだトランプやすごろくなどのゲーム、そんな体験が確かに体の一部として私たちの実存を支えているのだと思います。
子どもの遊び場の重要性が再考されています。
遊ぶことは、子どもの基本的人権であり、生きる歓びの中心にあり、ウェルビーイングに貢献する。
遊ぶことは、子どもに認知的、身体的、社会的、精神的発達に不可欠となる。また、遊ぶことは子どもの人生だけでなく、家庭や広く社会一般のウェルビーイングにも寄与することがより明らかになりつつある。
ウェールズ議会政府『ウェールズ~遊びにやさしい国~』前文より
私たち大人も、遊びの感覚を思い出して、生き生きとした感情を体験することで、きっと生きててよかったって思えるのではないかと思いました。
チーフスタッフ 井利由利
