コロナ禍第4波の中,GWは自宅で過ごし、明けの6日に久しぶりに地下鉄丸ノ内線に乗りました。8時頃の地下鉄は、山手線の遅れも影響していたのか、とても混雑し、コロナ前の時と同じだ…と思いました。
コロナ禍で少し地下鉄がすいていたころに、あの混雑は何だったんだろう?ちょっと異常だったよなと思ったことをまた思い出しました。
人々の生気は全く感じられず、電車はきっかりと2分と間をあけずにホームに滑り込み、4列に並んだ人は電車に吸い込まれ、次の電車を待つ4列に並んでいた人々が横に移動する光景。この生気を失った自動人形のような状況にみんなは平気なんだろうか。
なんか変だ不思議だと感じ、少し電車がすいたコロナ禍の間、ほっとした気分を味わったのは私だけでしょうか。
ある日突然、昔とても好きだった本を思い出し、また読み始めました。1990年に発刊された「スリランカの悪魔祓い」(上田紀行著)です。
上田氏がこの本の中で上記と同じようなことを書いているのを見つけ、この感覚は30年以上も前に読んだ本が私の潜在意識の中に残っていたのだろうか?とちょっと不思議な気持ちになりました。
30年前と変わらず、ますます加速した日本。
もう限界がだったのかコロナは嫌だけど、少しでも変われるとすれば、これはよかったのかもしれないと思いました。
「スリランカの悪魔祓い」は、文化人類学者の上田先生が実際にスリランカで住民の悪魔祓いを体験したフィールドワークの記録とそこから「癒し」とは何か?を論じた本です。当時では「癒し」という言葉を初めて広めた著書だと言われているそうです。
神経や精神を病んだ人に取りついた悪魔を祓うことで、患者は元気になるのですが、そのお祭り騒ぎがすごい!「孤独」な人に悪魔が来るのであれば、太鼓やダンスでもって「孤独」を癒せばいい。村人たちが次々と集まり、厳格な式次第に沿って儀式は進行します。
圧巻は、悪魔祓いは悪魔を排除するのではなく、悪魔との和解だということです。最後には、異なった仮面をかぶった悪魔が次々に出てきて洒落や替え歌など、ドラマーとの掛け合い漫才で場内を爆笑に導きます。患者も観客も一体となって爆笑の渦です!
日本ではどうでしょうか?
神経症とか統合失調症とかひきこもりとか私たちはレッテルを張り、ますます彼らを「孤独」に追いやってしまう。ここにつながりはない。だから患者は治らない。
昨今流行りの自己啓発本などで自分を「癒す」ことは本当の意味での「癒し」とは言えないと上田氏は説きます。「癒し」は世界との、人とのつながりの中で生まれるものです。
たくさんの人に囲まれて、みんなで踊り、笑うことだけでうそのように回復していく実際の悪魔祓いを紹介しています。
先日は文京区の新たな居場所「ワークスペースさきちゃんち」開設についての集まりがありました。多様な人たちが多様であるがゆえにレッテルを張られることなく、つながりが作れる「居場所」が作れたらいい。いろいろな人が自由に出入りできるといいと思います。
茗荷谷クラブでも、2階の1室を緩くつながれる場所をつくろうと、改造計画をメンバーさんとともに進めています。どんなカフェができるかワクワクしますね!
チーフスタッフ 井利由利
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